能代を訪れる人々の心に、この街の豊かな自然と人々の温かさを刻むような、そんなシンボルツリーになれればと思っています。[木能実(きのみ)/秋田県能代市]

生産者とのつながり vol. 10

秋田県能代市

​髙濱遼平・奈保子(木能実)

【つながり 〜ドライフルーツ〜】
ひとつぶ、おいしい。
もひとつ、うれしい。
ナッツとドライフルーツのお店木能実
遼平(38才)栃木県小山市出身、奈保子(38才)能代市出身の夫婦が営むお店。もともと、2011年9月に遼平が小田原で起業し、2017年9月に能代の実家に移店。
秋田や小田原の果物をつかったドライフルーツや、能代ならではの秋田杉のチップ(おが屑)をつかった燻製ナッツがお土産に人気。
https://www.instagram.com/akita_kinomi/
https://x.com/akita_kinomi
https://akita-kinomi.com

起業したきっかけは?

大学進学で、宮城大学の食産業学部に進み、食の安全や環境問題について深く学びました。特に、食が人の健康に与える影響に興味を持ち、食に関する知識や経験を積む中で、里山保全やスローフードにも興味が湧き、自分自身の健康を追求することは、地球全体の健康へとつながるのではないかという考えに至りました。
しかし、具体的に何をすれば実現できるのか、それだけを研究した結果、一つの視点に囚われてしまうのではないかと不安になり、あえて異なる環境で働こうと思い、大学卒業後に大手牛丼チェーン店に就職し、与えられた環境の中で一生懸命働いていました。

そんな中、東日本大震災を経験し、人生の価値観が大きく変わりました。

もう、好きなことをやろう!と思い立ち、『本当にやりたいことは何か』と自問自答した結果、幼い頃から父(熊本出身の)が作っていた黒糖クルミを思い出しました。いつか自分で作ってみたいと思っていたそのレシピを、マカダミアで作ったらもっと美味しくなるのではないかという漠然とした構想もあり、実際に作ってみたところ想像していた通り、すごく美味しくて。
この経験から、黒糖マカダミアの販売が、私がやりたいことへの第一歩だと確信し、起業を決意しました。

当時、奈保子の仕事の都合で小田原に住んでいたので、最初はそこで起業をしました。
自己資金でオンラインショップを開設し、すぐに販売を開始しましたが、思った以上に広告費や出店料がかかり、あっという間に資金が底をつきそうになりました。

オンライン販売は、お客様との直接的なやり取りがないため、徐々に物足りなさ感じるようになりました。価格設定においても無知だったため、市場の相場を参考に価格を決めていました。しかし、高額な広告費をかけて売り上げは上がったものの、利益率が非常に低く、経営が苦しい時期もありました。やりたいことをやるために始めたはずなのに、何のためにやっているんだろうと思うときもありました。

そんな中、地元の商工会議所の方々が親身になってくれて、「この朝市はいかがですか?」「このイベントもおすすめです」とアドバイスをしてくれて、様々なイベントに出店する機会を得ることができました。
そうしているうちに、4坪弱の小さな店舗を持てることとなり、黒糖マカダミア1種類から始まった商品は、5年間で徐々に種類を増やし、周りの温かいサポートのおかげで少しずつ事業を軌道に乗せることができました。
月商100万円を超えたら、ひとつの区切りとして結婚しようと決めていたので、売り上げ目標を達成したのをきっかけに入籍し、そこからは妻の協力のもと、ヒカリエなどでのイベント出店を積極的に行いながら、事業を拡大していきました。

徐々に軌道に乗っていくと同時にお店が手狭になってきたのですが、小田原で店舗を大きくするということは、私たちにとって現実的な選択肢ではなく。
そんな時、奈保子の祖父が他界し、幼い頃からおばあちゃんっ子だったこともあり、祖母にもっと寄り添いたいという想いから、秋田に移住することを決意しました。

ドライフルーツをつくり始めたきっかけは?

鹿角の兎澤さんに大量の規格外のいちごをいただいたことがきっかけだったと思います。
秋田の農家さんとお会いするのはそれが初めてで、色んなお話を聞くのがとても楽しくて。そして、目の前に広がる昔ながらの露地栽培の藁がしきつめられていたいちご畑は、私たちの大好きなロックバンドSHERBETSの『夢見るストロベリー』という楽曲で浅井健一氏が感じたであろう世界観そのもので、ものすごく興奮しました(笑)。

さらにその頃、ロゴデザインなどをデザイン、ディレクションしてくださる澁谷和之さん、お店のオープン当初からお世話になっている、カメラマンの船橋陽馬さんが、秋田の果物の魅力を伝え、一次産業の底上げになるようにと、果物農家さんを取り上げる冊子を手掛けていて。その方向性と私たちの想いが重なったことと、それを通じて多くの秋田の果物農家さんを紹介してくださったのをきっかけに、秋田の果物を使ったドライフルーツ作りが巡り出しました。

誰も取らず木に実ったままの柿や、農家さんが持ってきてくださる市場には出荷できなかった果物を、うまく加工すると喜んでくれるんですよね。少量の原料を受け入れ加工することは、ドライフルーツ加工を専門でやっている個人店だからこそできることだと思っていて。そういうのを繰り返して、様々な商品を開発しています。

中でも思い入れ深い商品は、やはり、ドライフルーツを始めたきっかけでもある兎澤さんのいちごですね。食感にもこだわったので、どのくらい煮て、どのくらい時間を置いてから乾燥させて・・・。と、いろいろ試行錯誤しました。そして、いちごを煮た汁をシロップにしたり、シャーベットにしたり、兎澤さんが大切に育てたいちごを全て無駄なく使い切ることに成功したことが本当に嬉しかったです。

まだまだ秋田=果物というイメージを持つ人は少ないかもしれませんが、『ドライフルーツ』という形で新たな魅力を発掘し、秋田の果物の可能性を広げたいと考えています。

少しずつですが、秋田のお土産として私たちの商品を選んでいただけていることが嬉しいです。
私(奈保子)は、秋田を離れていても、秋田のお土産を作りたいという想いをずっと抱いていました。前職で培ったマーケティングの知識を活かし、商品の魅力を最大限に引き出すPOPを作成したり、通販サイトでも販売したりしています。このドライフルーツを通じて、秋田と人々の心を繋ぐ架け橋のような存在になれたらと思っています。

お店のロゴマークですが、この木にぶら下がっている丸は農家さんと私たちで、まるでヒンメリのようにバランスを取りながら互いに支え合うような意味を込めています。私たちのロゴが、能代を訪れる人々の心に、この街の豊かな自然と人々の温かさを刻むような、そんなシンボルツリーになれればと思っています。

また、店名の『能』の字には、能代という素晴らしい土地で、地域の方々とのつながりを大切にし、共に成長していきたいという決意を込めています。私たちの活動を通じて、能代の魅力を国内外に発信し、地域全体の活性化に貢献できればという想いから「能」の一字を入れました。 

今後の展望は?

今後の展望としては、飲食店の許可が取れそうなので、ちょっとしたカフェ営業をしてみたいなと思っています。規格外のナッツや、色が変わってしまったドライフルーツなど、そのままでは販売できないようなものがどうしても出てしまうので、それらを使った簡単なケーキや焼き菓子、アイスのトッピングとしても活用できると考えています。

それによって、ナッツやドライフルーツの新しい食べ方の提案や、その商品の魅力を多くの方に知っていただくきっかけにもなるかなって。ゆくゆくは、この場所が地域の人々が集まる、秋田の『がっこ茶っこ』の文化のような温かいコミュニティの拠点になればと願っています。

最後に、今後のレメデニカホに期待することは?

ここの建物を作ってくれた建築家のりえこさんが「地域の価値を上げるような建築をしたい」とおっしゃっていたのですが、 その言葉通り、そこにそのお店があることで、地域の魅力がさらに高まっていくと思います。レメデニカホさんは、その『地域の価値を上げる』という存在になっているのではないでしょうか。

地域のためというよりも、自分たちが本当に良い商品を作りたいという一心で取り組んでいれば、結果的に地域貢献につながると信じています。秋田の各地にもそういう想いを持った方々がたくさんいるので、みんなで繋がって秋田全体を輝かせていければ良いですね。

私たちの商品を使ってくださってありがとうございます。
これからどんな美味しいものが生まれるのか楽しみにしています!
ぜひ、色々な料理に活用して、色々化けさせてください!

Interview&Text:KENICHI WATANABE, KIYOKA MURAKAMI(Remède nikaho)
Photograph:YASUFUMI ITO(Creative Peg Works)
Produce:TEPPEI HORII(PILE inc.)

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